お孫さんのとんかつ
お彼岸の連休中に
無性に「とんかつ」が食べたくなったせいも
あるかもしれませんが
何かに引き寄せられるように
私は四ツ谷駅で降りて
かつて「とんかつ」の名店があったビルの前に着き
店の常連さんたちが並んでいる列に加わりました
ご主人のお孫さんんが作る「とんかつ」を楽しみにしながら
昭和レトロ
40分くらい待ったでしょうか
外はすっかり暗くなり
足先が冷えてきたころ
ようやく店内に入れました
昭和30年代を感じさせるレトロな店内は
薄暗く 怪獣映画のポスターが
ぼんやりと壁に浮かび上がっていました
カウンターの中にいるお孫さんは
ご主人を五十歳若くしたような顔で
げじげじ眉毛がそっくりでした
私が座ったのはカウンター席の一番左端で
正面には細くて短い蝋燭が置かれていました
私の右隣りの がたいのいいお客さんの前には
やや太めの長い蝋燭が置かれていました
メニューは熱々の「地獄コース」と
楽に食べられる「極楽コース」の二つのコースしかなく
私は極楽コースを注文したかったのですがお孫さんが
どうしても「地獄コース」を食べて欲しいと言うので
仕方なく「地獄コース」を頼みました
真空管テレビ
右奥の壁の高いところにはテレビがあり
お孫さんがスイッチを押すと
そのテレビは小さな点が段々と広がる真空管式の白黒テレビでした
テレビでは古き良き時代の
イングランドのサッカーをやっていました
地獄コースのとんかつ
「お客さん お待たせしました
冥途の土産に熱々の地獄コースとんかつを どうぞ」
「肉汁がたっぷりで かなり熱いんですが
だからと言って フーフーと吹きすぎると
前にある蠟燭が消えてしまいますから
気をつけてくださいね」
お孫さんはそう言いながら 地獄コース「とんかつ」を
テーブルに置きました
サッカーは白熱の展開になり
ゴール前の大混戦から
誰かが首を伸ばし
高い打点から
見事なゴールを決めました
私はサッカーに夢中になり
お孫さんの注意をすっかり忘れて
「ふーふー」と吹きながら「とんかつ」を食べていました
「あー お客さんの蝋燭が消える」
お孫さんが切ない声で言いました
私の目の前が急に暗くなりました
消えゆく意識の中 かすかにテレビのアナウンサーの声が
聞こえてきました
「ただ今のゴールは ろくろ首でした」